[一]

志摩国崎の海女にしては小柄なお万は、出漁の朝はかかさずに、海が見える〈海士潜女神社〉に両手をあわせ、御神酒を供える海の習いを持っていた。お万は色は黒いが端正な顔の眉は濃く、引き締まった口元は、気の強さを感じさせるが、笑うと白い八重歯がこぼれ落ちて、二十九歳の色気が漂った。

お万が海女漁に出るとき、白いイソナカネという腰巻の上は素裸で、黒い乳首をもった乳房が、大きく張り出している。

お万は気風もよかった。お万にかぎらず腕のいい海女はたいした稼ぎで、鮑の漁期は並みの男たちの十倍は稼いだ。

 

酒も滅法強く、海が時化ると気のあった海女と連れだって、鳥羽へ人力車を走らせ、亭主は博打と女郎買いで遊ばせておき、牛鍋屋で腹いっぱい食い、飲むのが楽しみだった。

だから志摩一帯では、

「海女で蔵を建てたものはねえ」

と言われたが、それは海に命を賭けた、海女仕事の反動ともいえた。

日本手拭いで長い黒髪を前から覆い、うしろできつく結んだお万は、磯桶の中に水中メガネと柄ノミを入れて歩いていく。

「お早ようさん」

海女仲間のおなみが愛嬌のある丸顔で声をかけた。

おなみは体重が二十四貫(約九十キロ)ある大女だった。垂れ下がった豊かな乳房が、歩くたびにゆさゆさと揺れ、腹には太い縦皴が、くっきりときざみこまれている。

十二人の子供を産んだおなみの体に衰えは見えない。おなみのお産はいつも軽くて、潜ったその晩に生まれた子も何人かいた。国崎の海女の中でも、おなみの丈夫さは桁が外れていた。

腕のいい海女は、おなみのように太った大女が多かった。皮下脂肪が厚ければそれだけ冷たい海に潜っても体温が奪われず、胸が厚いということは、肺機能がすぐれていて、長く海に潜水できるからである。

志摩国崎は、伊勢神宮に「のし鮑」を献上する鮑処である。

お万が御神酒を供える<海士潜女神社>は、旧暦六月一日に、伊勢神宮から神官と舞姫がきて、神楽を奉納する習わしで知られている。

鮑は志摩半島の先端部の石鏡、国崎、相差、大王を中心に多く生息し、熊野、牟婁地方になると急に少なくなる。

お万とおなみは亭主の磯舟が待つ船溜りへ歩いていく。

志摩一帯の海女漁には、二つの漁法があった。

一つは、海女が一人で桶や浮樽を休息場にして、陸近くの浅い海に潜る〈徒人〉という漁法であった。

これは漁獲が少なく、漁獲を上げるためには、〈男〉の操る小舟の助けを借りて、沖の深い海に潜る〈船人〉漁をする。

国崎で一、二の稼ぎをするお万とおなみは、亭主を相方にした〈船人〉漁法である。

四貫(十五キロ)の石のクリイカラという錘を抱いて、二十尋(三十メートル)の深場に素早く潜る。呼吸ぎりぎりまで鮑を獲って、息が切れる寸前に、海底から細ひもで合図を送る。

合図を受けた船上の亭主は、舟に備えたハイカラという滑車を使い、海女の腰に結わえた太綱を巻き揚げて、海底からの海女の素早い浮上を助ける。

急浮上した海女は、

「ヒュ―」

と磯笛という呼吸法で、潜水病から身を守る。

亭主と組んで深場に潜る海女漁は、体力的に過酷なものがあり、漁期が終わるころには二貫(七・五キロ)も痩せる女もいる。

小柄なお万の豊満な胸の下には、豊かな肺活量が隠されており、潜り痩せしない強靱な体は、生まれついた天性のものといってよい。

それだけに亭主を顎でこき使う威勢のよさと、淫乱なほど強い情欲を、お万はあわせ持っていた。


[二]

国崎の南に相差という隣村がある。国崎と相差の二村の交流はほとんどない。

志摩半島にかぎらず日本の漁村では、漁場の大小が漁獲の多寡につながることから、江戸期から死人を出して、隣村が血みどろの漁場争いをしてきた悲惨な歴史をもつ。

村が近いほど二村は反目し、遠い村との嫁の行き来が多い理由がここにある。

その日、お万は海に潜りながら、根波の揺れが大きいことを感じていた。

大正五年十月十七日である。遅い台風の接近であることはわかっていた。

お万は磯舟を船溜りの杭に厳重にロープで結び、潜り道具を家に運び入れた。

鮑漁の漁期は九月で終わっている。十月からウニを獲り、十一月になればナマコとテングサを獲りに冬の海に潜る。

「やっかいな迷い台風や」

国崎の鎧と恐れられる暗礁群に大浪が打ち寄せ、真っ白い波頭を、強風が叩くように吹き流していく。

こんなときはおなみと鳥羽に行き、酒でも飲んでウサを晴らそうかと思う。

人力車を走らせて鳥羽まで行けば、気ままになる料理屋が何軒もある。夜になれば町を電灯が明るく照らして、気も晴れ晴れとなる。

国崎に電灯がきたのは大正三年であった。

それまでは行灯かランプで、夜になると、村は死んだような暗闇につつまれた。

国崎で最初に電灯を入れたのはお万であった。十燭の電灯が一個だが、それだけで昼のように明るくなった。

「これが文明開化やなあ」

お万の母は、毎晩電灯に両手をあわせて拝んでいた。

お万が豊かな黒髪を、強い風に吹きなびかせて歩きだしたとき、国崎には珍しく相差に娘を嫁に出した宗吉が、大声で村に駆けこんできた。

「えらいことや。相差の鯨崎の暗礁に、海軍の監視艇がのし上げたぞ」

「そりゃえらいことや」

お万も駆け出した。相差の沖は潮流が速く、しかも複雑で、国崎の鎧とならんで、海の難所として船乗りに恐れられている。

明治四十四年には、大日本帝国海軍の駆逐艦「春雨」が、相差の管崎の沖で遭難して、四十四名の殉難者を出していた。

お万が鯨崎に走りつくと、相差の漁民が岸に群がり、沖合いで座礁転覆した監視艇を見て騒いでいる。

転覆した船底に乗組員が這い上がり、大浪にさらわれまいと必死にしがみついている。

転覆した監視艇は岸に近かかった。沖の暗礁に乗り上げて転覆したあと、沖からの大浪で岸に寄せられたに違いない。

船底にしがみついている乗組員は、二十人くらいだろう。ほっておけば乗組員は力尽きて激浪にさらわれて、岩礁の巻き波に飲まれてしまう。

相差の漁民は岸で焚火を燃やして、大声で元気づけるしかない。なんとか救助の手を打

ちたくとも、ものすごい怒涛のために船は出せない。励ましの声は逆風に吹き飛ばされて、

沖の乗組員に届かない。

お万もあまりに壮絶な光景に、息をのんで茫然と立ちすくんでいた。

そのとき六尺(約百八十二センチ)を越す巨漢が、人波をかきわけてあらわれた。

男は沖の絶望的な光景を見ていたが、ぱっと着物を脱ぎすてた。

「わしが船まで泳いでいってロープを渡してくる。そうすればロープにつかまって、岸まで泳いでこられる。すぐロープを持ってこい」

「やめとけ捨吉」

警防団の一人が止めに入った。

「汝がいくら泳ぎ達者でも、この嵐の中を艇までは泳ぎきらん。死ぬような真似はやめとくんや」

捨吉と聞いて、お万はもしかしてあの男ではないかと思った。

腕のいい漁師で聞こえた石森捨吉は、若い頃から相差の若衆宿を仕切った暴れ者だった。

正義感は強いものを持っていて、漁師からサバを読んで暴利をむさぼる魚仲買人に腹を立てた捨吉は、仲買人五人を半殺しにした。仲間が止めに入らなかったら殺していたが、志摩一帯では漁師の気骨を見せたと評判になった男である。その後懲役刑を食らって、名古屋の刑務所に一年ほど入っていた。そのときの噂では石森捨吉は六尺を越える大男だと聞いていた。

捨吉は警防団の制止など風に流して、腰にロープを結びつけると、怒涛逆巻く海へ飛び込んだ。

「捨吉も無茶しやがる」

群集は息を呑んで見守った。

捨吉は激浪に飲み込まれて姿を消したかと思うと、白濁の海面に頭をぽっかりと浮かばせ、逆波に押し返されながらも、少しずつ艇に泳ぎ寄っていった。

お万は手を固く握りしめて、必死に泳ぐ捨吉の姿を見守った。噂どおりのすごい男のようである。

船底に必死にしがみつく乗組員は、嵐の海を泳いでくる捨吉の姿に、目が釘付けになっている。

捨吉はみごと激浪を泳ぎきって、船底に這い上がり、腰のロープをしっかりとスクリュ―に結びつけた。

「ロ―プにつかまって泳げば大丈夫や。ぐずぐずせんと早う行け 」

乗組員は朝から潮水を浴びて船底にしがみつき、疲労困憊の極に達している。ロープを伝って、怒涛の海を泳ぎわたる体力は残されていなかった。

見かねた捨吉は、

「しょうがねえ。わしが一人ずつ背負って泳いでやるから、絶対に手を離すんやない」

捨吉は褌をほどいて素裸になった。乗組員を褌で赤子のように背中にしばりつけ、ロ――プを伝って岸まで泳ぎはじめた。

岩礁で傷つきながら岸にたどり着くと、待ちかまえていた警防団に、背中にしばりつけた乗組員を引き渡した。

「水を吐かせて、すぐ焚火で暖めよ」

捨吉は白濁する激浪の中を、ふたたび引き返し、衰弱した乗組員を背中にしばりつけて戻ってくる。

お万の胸に言い表せない熱いものが突き上げてきた。

岸には焚火が何ケ所も燃やされた。捨吉が乗組員を背負って帰り着くと、濡れた服を脱がせて、手拭いで体が赤味をおびるまでごしごしこすり、綿入れどてらを着せて公民館で温かい粥を食べさせる。

日が落ちた八時までに、捨吉は二十一名の乗組員を二十一往復して、一人残さず救助した。お万は捨吉の人間とは思えない体力を、ただ呆然として見守っていた。隣村にこんな男がいたなどとは……。

素裸の捨吉が、岩場で体中を傷つけて血を流して、最後の男を抱き上げてきた。

救出された水兵の中に、十八歳の若い志願兵がいた。

衰弱がいちじるしく、人工呼吸をほどこして、なんとか潮水だけは吐かしたが、意識はない。体は氷のように冷たく、凍死寸前の容態である。

駆けつけてきた医師が治療をしたが、冷え切った若い志願兵の意識は戻らない。

お万は冬のナマコ獲りのとき、海女の仲間が海中で引き攣りをおこして、あわや水死しそうになった時の、おなみが母親から聞いていて施した処置を思い出した。

冬の海に冷え切って仮死状態の女を蘇生させるために、おなみは海女小屋に抱え込み、素裸にして手拭いで体を強くこすった。そのあと裸になって抱きしめ、人肌で温めつづけてついに蘇生させたのである。

発見が早かったために、一時間で仲間は息を吹き返した。

「この若い水兵さんは、わたしにまかせえや」

お万は綿入れの鉄砲袖を脱ぎ、赤い腰巻きを取って、衆人環視の中で素裸になった。

「何や、お前は 」

素裸の女が突然あらわれ面喰った医師は、

「女の出る幕やない。さっさと帰った」

犬を追い払うように手を振った。

お万は唾を医者に吐き飛ばした。

「な、なにをする」

「ぐずぐずしてるとこの子は死ぬぞ。この業がわく(腹立つ)藪医者めが」

お万は医者を押しやると、濡れた水兵の服を脱がせ、手拭いで体中を強くこすり、横にして両手で抱きしめた。

「焚火をわたしの両側で燃やすんや。早よせんか。このすかちんどもが」

氷のような冷え切った若者の体を、胸と腹に感じながら、お万は焚火と焚火の間に横たわって抱きしめた。

焚火が一つだと、反対側が凍傷のようになる。お万の背中は焼けるほど熱くても、水兵の冷え切った体を抱く胸や腹は氷のようである。その辛抱は大変な苦痛であった。

国崎からおなみが駆けつけてきた。

「お万ちゃん。わしが替わるがな」

「いいや。このままわたしにやらせてな」

お万は捨吉が人間業とは思えない力で、最後の一人まで救助したその姿を目に浮かべた。

ここは自分一人でやりきらねば、捨吉に申し訳ないという感情が突き上げてきた。

お万は抱きしめた右手を離すと、若者の冷たく萎えきった陰茎を、太股の間にしっかり挟みこんで、心につぶやいた。

〈ええか水兵さん。萎たこいつを股で温めてやるから、早う若い命をとり戻して、わたしとおたべ(交合)できるようにならんといかんでな……〉

烈風が吹きすさぶ闇の海辺で、赤々と燃える炎に照らし出されて、固く抱き合った全裸の女と男の姿は、神々しいものがあった。

五時間後に若い水兵は蘇生した。目をうすく開けた若者は、焦点のあわない目で闇を見つめた。事情はまるでわからない。

お万は、抱きしめた若者の体温が、少しずつ戻ってくるのがわかった。

浜辺の騒動が一段落して、着物を着た捨吉が、お万の前に立っていた。

「国崎のお万さんか。あんたはたいした女や」

「捨吉さんにくらべれば、どうということはないがな」

「死体同然の男を、素裸で五時間も抱くなんざ、並みの女にできることではねえ」

「あんただって、褌とった素裸で、十九人も人を助けた」

若い水兵の生命を甦らせたお万は、体の奥底から突き上げてくる熱い衝動を、押さえかねていた。お万がいった。

「嫁はおるんやろ」

「懲役にいっているあいだに逃げられた。名古屋から帰ってからは一人暮らしや」

「なら、あんたの家へ連れていってくれ」

お万は返事も聞かず、村のほうに歩きだした。

「汚ねえ家やが、それでもいいのか」

「酒くらいはあるやろ」

「ないが、すぐ買うてくる」

「待ってや。懲役帰りに金使わせるような、そんなケチな海女は国崎にゃおらん。これで二、三升買うてきておくれ」

お万は鉄砲袖の内懐から、赤い巾着を取り出した。

「わしの家は、あの大きな松の木の横や。上がって待っててくれ」

その晩二人は激しく交合した。お万が誘ったせいであろうが、刑務所を出て女ひでりの捨吉は、大きな体に精力があふれ出て、お万を押し倒してでも女が欲しかった。

すさまじい野獣の雄と雌になって、二人は五回も睦みあった。

汗にまみれた胸元から、黒髪をかき上げたお万が、煙管煙草に火をつけた。

「どうして仲買いを、半殺しにしたんや」

「わしら漁師の足元を見やがってな、ひどいサバを読んだからじゃ」

「サバを読むとは、どういうことや」

「漁師が港に帰ってくると、人力車できた仲買いが港で待っておる。サバは年中釣りやすい魚やが、サバの生き腐りというて、足の早い魚や。早う値を決めて、塩をして市に送らねえと、腐って肥にするしかねえ。だから浜値は仲買いの言い値になるんや」

値のつけ方は仲買人が片手を出す。一銭でサバが指何本になるか。五本指なら一銭でサバ五尾、三本指なら一銭で三尾ということになる。

「浜での言い値は仕方がねえとしても、生簀からサバをつかみ出して、数を勘定する段になると、一銭で五尾なら、右手と左手で五尾のサバの尻尾をつかんで、『ひとよ、ふたふた、みっせ、よっせ、いっせに、むっせ』と数える。しまいは『ここのせ、とおお』と数え込むんや」

捨吉は一升瓶を片手でつかみ、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。

お万は捨吉が真剣に話す顔つきが、子供のようだと思った。体は大きいが、根の純な男なのだろう。

「このとき狡い仲買いどもは、あらかじめ言いふくませておいた手代どもに、五つ数えるうちに手を六回動かさせる。ひどい手代になると、十数えるうちに、手を十三回動かす奴もいる」

「それがサバを読むというんかね」

「そうじゃ。漁師仲間では昔からそういう。とくに仲買いから借金をしている漁師は、言いなりになるしかねえ。それを若い手代がかさにきて、まるで巾着切みてえにひどいサバを読みやがった」

「それであんたは怒ったんか」

「わしが怒ったのは秋サバのときや。わしはサバの仕掛けを苦労して考えだして、やっと丸々と太った二尺(約六十センチ)の脂の乗りきった大物を、生簀いっぱいにして帰ってきた。そのとき一尾で二銭以上の値のつく上物を、仲買いどもが結託しやがって、わしの船ごと、一銭三尾の捨値で買い切ろうとしたんや」

興奮した捨吉は一升瓶を逆さに飲んだ。

「海のことも知らねえ仲買いどもが、人力車でやってきては懐手して、濡れ手に粟で儲けやがる。わしゃもう勘弁ならねえと思って、片っ端から樫の櫂で叩きつけてやった」

お万は面白そうに笑った。まるで飢鬼大将の喧嘩である。だが相手の命を落とさなくてよかったと思った。でなければこの男に、こうして抱かれることはなかった。

「あんたは亭主持ちかね」

捨吉がきいた。相差にも海女がいる。捨吉はずしりと重いお万の巾着の中身を見て、これは亭主と二人で組む〈船人〉だろうと思った。

「おるにはおるが、わたしの言いなりや」

お万は捨吉の厚い胸をさすって、小さな乳首を口にふくんだ。下半身をまさぐると、捨吉の一物が怒張している。

「わたしは強い男が好きなんや」

お万は張ちきれそうな捨吉の一物を握りしめた。

息を荒くした捨吉が、

「これからも会えるのか」

お万は答えず一物を軽くしごいた。

「あんたはこの先、なにをやりたいんや」

「刑務所で漁師くずれに聞いたうまい話がある。わしがやっていた一本釣りより、サバが百倍もとれる漁法がある」

「どうするのや」

「カ―バイトを使って、夜サバを一網打尽に巻き獲る」

「どこでそれをやってたんや」

「千葉の勝浦じゃ。松ジデ(松根)の篝火で夜サバの一本釣りやる船の横で、百倍も明るいカ―バイトで海を照らして、巻き網でごっそり獲ったんや。あまりのことに一本釣りの連中が怒って、カ―バイト船の船主の家に殴り込んで、死人まで出る騒ぎやったらしい」

捨吉は言うなり、お万の肉づきのいい体を組みしいた。

「志摩ではまだ誰もこの漁法を知っとらん。他の奴らがやる前にわしがやって、銭をしこたま稼ぎてえ」

「なら、わたしが船を買うてやる」

「なんやて」

「いまの亭主とは今日かぎり別れる。明日から稼ぎに稼いで船を買う。足りない分はこの身体を形にして、信用組合から金を借りればええ」

「ほんとうか」

お万は捨吉に組みしかれながら、強い男と二人で夢を見るのもいいやろと、快感に遠のく意識の中でそう考えた。


[三]

亭主に一方的に絶縁状を叩きつけたお万は、相差村の村役に、捨吉と祝言をすると強引にねじ込んで、相差の海女として認めさせた。

翌日から捨吉を相方にして、国崎から持ってきた磯舟で海に潜った。

翌年五月に鮑漁の口が開いた。さすがのお万も漁期が終わった十月には、過酷な潜水がたたって二貫目(約七・五キロ)も体が痩せた。

それはきつい海女漁のせいばかりではなく、毎晩はげしく睦み合う、捨吉の桁外れの精力にも原因があったが、遊びをやめたお万の手元には、しこたま現金が残った。

相差の男も女も、まだお万に向ける目は冷ややかだった。昨年の暮れに籍を入れた二人に、ひとつだけ慶事があった。転覆事故での捨吉とお万の活躍が海運局に認められ、夫婦で表彰されたのである。

「これは運がくる前ぶれや」

おなみと会う以外は、相差で人づきあいのないお万は、そういって喜びを口にした。

お万の予感どおり、年が明けて二月になると、捨吉が焼玉エンジン付き漁船の掘り出し物を見つけてきた。

大正七年当時は艪漕ぎ船が大半で、焼玉エンジンを搭載した漁船はほとんどなかった。

鳥羽の漁師が乗る親子船で、無理して買った焼玉エンジン船の借金を返そうと、無理な出漁をかさねるうち、時化の海で遭難した。

親子二人は水死してしまったが、船は幸い国府白浜という砂浜に打ち上げられ、船体の損傷が少なく、プロペラシャフトが曲がり、焼玉エンジンが冠水したにとどまった。

漁師は縁起をかつぐ。縁起でもない遭難船を買う者は、ほとんどいなかった。

「これはめっけもんや」

捨吉は喜色を顔にあらわした。

「月島鉄工所の十三馬力の焼玉エンジンなら、時化の海を乗り切れる。わしの考えたアセチレン漁には、どうしても焼玉エンジンが必要なんじゃ」

船の借金を肩代わりする条件で、買い取りの折り合いがつきそうだった。

「あの船を買ってもええか」

大きな捨吉が子供のような顔でいった。

「縁起でもねえ船でもええのか」

「縁起なんぞ、人の弱みにつけ入る拝み屋とおんなじで、糞喰らえじゃ」

そのときお万は、捨吉が縁起をまるでかつがない男だとわかった。

板子一枚下は地獄という危ない稼業の漁師は、心の安心に何かに縋ろうとする。

どの漁村にも狐封じをする「拝み屋」がいて、誰かが長病みすると、すぐ拝み屋を呼ぶ。

拝み屋はもったいをつけて、くどくどと祈祷をしたあとに、こう言う。

「この病人には、弥太郎狐が憑いておる。早く追い払わねえと命にかかわる。医者なんぞでは直らんから、お狐様に油揚げを差し上げて送り出すんや」

ほとんどの者は信用して、拝み屋のいうとおりにする。

なかでも酷いのは、

「このお狐様は、大福餅と饅頭を供えただけではあかん。毎晩燻しをかけて追い出さんと、なかなか出ていかん」

拝み屋は家中を煙で燻す。老人などはたまったものじゃない。金を多く取るために、拝み屋は毎晩これをやるから、体力の衰えた病人などは、このために眠ることもできず、逆に寿命を縮めてしまう。

「わしが拝み屋の大嘘を見破ったのは、お袋が病気になったときのことじゃ」

祖母がよんだ拝み屋が十五歳の捨吉にいった。

「ええか坊。大福餅二十個を、千俵(米俵の蓋)に乗せてな、『弥太郎お狐さん。おらの家は貧乏で、これくれえのことしかできねえから、もっと大尽の家にいってくださらねえか』と唱えて、浅間さんの鳥居の前に置いたら、後を振り返らず、一目散に家に逃げてくるんやで」

食べたい盛りの捨吉は、涎を垂らして途中で大福餅を一個喰ってしまった。あまりのうまさに一つずつつまみ食いをして、浅間様に着くころには全部食べてしまった。

帰り道は少し恐かったが、

「おっかあ。ちゃんと拝み屋の言うとおりにしたぞ」

「ええ子や。ご苦労やったな」

それから四、五日たつと、母親の病気が治った。

母親は拝み屋にお金をもって、礼に行くと言うから、

「あの供え物は、わしが途中で全部喰ってしまった。拝み屋なんか嘘八百や」

「なにをいう。こんな罰当りの飢鬼を産んだおぼえはねえ」

怒った母親は、拝み屋に告白して許しを乞うた。拝み屋は、

「心配ねえ。わしのところに連れてきて煙で燻せば、あの子に憑いたお狐様は、逃げ失せる。そうしないと二年のうちに命を落とすやろ」

母親に叱られても、捨吉は頑として拝み屋に行かなかった。

それからも捨吉は、拝み屋が供えさせた寿司や大福餅が道端にあると、

「こりゃうめえ。これで罰が当ったら死んでもええ」

見つけしだい供え物を食べるせいか、体がどんどん大きくなり、二年すぎても死ぬどころか、村の中では捨吉にかなう若衆がいなくなるほど、元気に成長した。

捨吉は船を買うときも、死人の出た遭難船に眉一つ動かさずに、新式の焼玉エンジン船を手に入れることができたのである。


焼玉エンジンの整備を終えた捨吉は、船体をコールタールで黒く塗った。

それまでの船体は、みな白木のままだったので腐りやすく、船底にも藻や小貝が付着しやすかった。

三重県で最初にコ―ルタ―ルで黒く防腐塗装した船に、カ―バイト発光用のドラム缶を積み込み、勝浦から巻き網を買い求めた捨吉は、お万を相棒にして夕方の海に船出した。

海は凪わたっていた。焼玉エンジンのポンポンという単調だが、力強いエンジン音を響かせて、二人を乗せた船は進んでいく。

相差の港から舳先を南に向けて、鯨崎の沖を進んでいった。

「なんやあれは?」

お万が立ち上がって海面を見た。凪わたった海面が白く波立っている。

鯨崎は二人が結ばれた思い出の海であった。

「鯨の交尾やがな」

二頭の鯨が三分の一ほど海面から体を浮き上がらせて、まるで喧嘩でもしているように、

たがいの腹を合わせてバシャバシャ跳ねている。

「すごいもんや。やはり鯨は獣なんやなあ」

お万が妙な顔をして感心している。

鯨は離れると、沖の方へ姿を消した。

「なんや。あの白いもんは」

鯨が去ったあと海面に、三坪ほど真っ白い液体が浮いている。

「雄鯨の精液やが」

「ははは。さすがのあんたも、あれにはかなわんなあ」

お万がおぼこ娘のように照れを浮かべて笑った。


海が闇につつまれた。サバ一本釣りの漁船の船上で焚く松シデの灯火が、迷い螢のように、ぽつんぽつんと波間に揺れている。

松ヤニを燃やす松シデの篝火は、蝋燭十本分くらいの明るさしかない。

「一本釣りの連中から、遠ざかったほうがええな」

捨吉は勝手知ったサバの漁場に近づくと、かなり離れて船を停めた。

船上のドラム缶のカ―バイトに水を加えると、鼻をつく異臭のアセチレンガスが発生する。この無色のアセチレンガスに点火すると、強い熱光を発する。だが毒性のあるアセチレンガスを風下で吸い込むと、激しく咳込んで仕事にならない。

「用意はええか」

捨吉は風向きを確かめてから、お万に注意をうながした。

「よし。火を点けるんや」

お万がマッチで点火した。アセチレンガスがパッと光を放ち、あたり一面が昼のような明るさになった。

夜店の屋台で使われだした、小型のカ―バイト灯を見た勝浦の漁師が、ドラム缶で大量のアセチレンガスを発生させることを考え出し、昼のような皓皓とした明るさをつくりだした。

「これはすごいがな。まるでお天道さんが、夜の海に落ちてきたみたいや」

「これなら三里の先からでも、サバが寄ってくるやろ」

しばらくすると海中にサバの魚鱗が銀色に輝きだした。群れがカ―バイトの光めがけて海面を盛り上がらせた。

「ものすごいサバの群れや」

捨吉とお万は、カ―バイト灯火に群がるサバの魚群に、驚きの目を見はった。

「あんた。早う網入れんと逃げてしまう」

「大丈夫や。うんとサバを集めて、巾着網が破れるくらいにするんや」

船体はコ―ルタ―ルで黒く塗ってある。松シデの一本釣り漁船は、皓々とした発光源に驚きの目を向けても、外航船が停船して、作業灯を点けたのだろうとしか考えない。

夜が白むまでに、船が沈みそうな大漁に、二人は顔をなごませた。

「このサバは、どこの仲買いを通すんや」

大漁になっても、捨吉が仲買人に買い叩かれれば、また悶着をおこし元も子もない。

捨吉は焼玉エンジンのクランクホイ―ルを力いっぱい廻して、エンジンを始動させた。

焼玉エンジンは、ポン、ポンと初めはゆっくり爆発音を発するが、シリンダ―の温度が上がるにつれて、ポンポンポンと力強いエンジン音に変わっていく。

「わしは仲買いなど通さん」

「なんやて」

お万がエンジン音にかき消されないように、大声を張り上げた。

「そのために、この焼玉エンジン船が欲しかったんや。艪漕ぎ船では、船足が遅うて日が暮れてしまう」

「焼玉エンジンでどこへ行くんや」

「二見ヶ浦へ直行する」

「どうして二見ヶ浦や」

「二見ヶ浦はな、日清と日露の戦争で傷ついた傷痍軍人さんが、お国の金で伊勢神宮に詣でたあと、湯治ができるように、海水風呂を焚いた宿屋があるんや」

「海水風呂か」

「その海水風呂が、体にいいと評判が立った。それから傷痍軍人さんが、入れ替わり来るようになり、二見ヶ浦に宿屋が何軒も建った。松林もきれいやし、夏は海水浴もできるから、二見ヶ浦はこれからもっと人が来る」

二人は怒鳴りあうような会話を続ける。

「それでどうするんや」

「二見ヶ浦で一番大きな宿屋が、二松館というんや。海水風呂を考えたのも、そこの旦那やし、まずそこに魚を揚げて直接買うてもらう」

「話はついとるんか」

「飛び込みや。だがこんな獲れたての脂ののった大物や。仲買いの分だけ安うすれば、絶対に買うてくれる」

「そんな知恵をどこでつけたんや」

「大きい声では言えんがな、懲役の判決が出るまでの一ト月ほど、名古屋の拘置所にほうり込まれた。拘置所は刑務所と違って同室が五、六人いてな、朝の点呼のあとは暇なんや。そいつらから朝から夜まで、日本各地の話が聞ける。カ―バイトの話も二見ヶ浦の話も、みんなそのときに聞いたんや」

「あんたは転んでも、只では起きん男やな」

「学校いっとらんわしには、刑務所は学校みたいなもんやった」

左手の石鏡の岬をかわすと、鳥羽沖の答志島の緑が濃くなってきた。二見ヶ浦は答志島を廻り込めば、すぐ目の先であった。


[四]

夜サバ漁は快調に漁獲が上がり、すぐ船の借金は返済できた。信用組合の通帳の預金残高も日ごとに大きくなり、お万も捨吉も遊びはやめて漁に励んだ。

しばらくすると一本釣り漁師から妨害が入ったが、カ―バイト漁を取り締まる法律はない。捨吉が樫の楷を振り上げて相手になると、恐れた漁師たちは捨吉を相手にしなくなった。

「あんたのつぎの夢はなんや」

「三重県一の漁船を持つことや。その船に若い衆十五人ほど乗せて、遠く赤道かインド洋まで行ってみてえ」

「この稼ぎが続けば、それも夢やないな」

国崎の親類に葬式があり、お万は義理をはたしに帰った。

その日捨吉は、若い衆一人を借り出して海に出た。手慣れた漁なので、一人でも操船できる。

葬式を済ませたお万は、翌日昼すぎの船の帰港時間までに帰ってきた。

家の前で信用組合の職員が待っていた。

「今日はまた穏やかな日和ですが、捨吉さんはお一人で漁にでられたんか」

すでに捨吉の望む新造船が買える、多額な金額が記載された三冊目の通帳を、職員はお追従笑いを浮かべて差し出した。

「いいや。若い衆を一人乗せておるんや」

お万は真新しい通帳の金額を確認すると、職員に背を向けて家に入った。

捨吉はすでに仙台石巻の造船所に、つぎの新造船の発注の準備をすすめていた。

十二人乗り組みの大型船で、漁期によってすぐ漁場を移動できるように、三十馬力の焼玉エンジンを二機取り付けた。むろん三重県では初めての大型漁船である。

お万の考えでは、発注時に船代金の二割を支払い、完成時に艤装代も含めた残金を、一括で支払う予定であった。

この預金残高を見るかぎり、その日もまじかい。

今の時期はサバからアジに漁獲が変わっている。海が白みだすとアジ漁を切り上げ、二見ヶ浦か伊勢に魚を卸して、二時前には帰港する。

柱時計が三時を打ったが、捨吉の船は姿を見せなかった。

お万は浜に出た。ゆるやかなうねりはあるが波浪はない。

五歳から海に出ていた捨吉が、こんな静かな海で、事故を起こすはずがない。

その晩、捨吉は帰ってこず、お万はまんじりともせず朝を迎えた。

腫れぼったい目で朝の海を見たが、船影は見えない。

捨吉が漁に出て四日目が過ぎた。若い衆の宗吉の親が、その日の夕方に泣きごとを言ってきたが、もしもの時は相応の金を支払うことで、おとなしく引き下がった。

「これは遭難したと思うしかねえ」

七日目にお万の家におなみと、捨吉と宗吉の親類が来て、仮葬式のお題目を上げて、二人の冥福を祈った。

捨吉との出会いは劇的だったが、こんな吊っ気ない別れをするとは、お万は思ってもみなかった。

隣組の男が駆けこんできた。

「海軍の水雷艇が港にきたぞ。どうやら甲板に捨吉らしい男が乗っとるんや」

仮葬式をしていた一同が、大慌てで港に駆けつけると、水雷艇の甲板で胸をそらせた捨吉が、艇長以下乗組員最敬礼の中、まるで凱旋将軍のように、意気揚々とタラップを降りてきた。

「あんた。どうしたんや」

半泣きのお万が、捨吉の胸にむしゃぶりついた。

「あっははは。ええことはしとくもんや。海軍さんはわしを艇長待遇で、ここまで連れてきてくれたんや」

漁を終えた朝、どうしたものか焼玉エンジンが発火しなくなり、漂流をはじめたと捨吉はいった。食い物は生簀に生きたアジがいるが、飲料水は水筒が二本しかない。

一日分を五日に伸ばして水をつなぎ、小便を飲もうとした六日目の朝に、海軍の水雷艇が発見してくれた。

だが非常訓練中の海軍は、人間は助けても、漁船まで助けてくれない。

伍長が石森捨吉の名をきいた。

「もしや貴君は、帝国海軍軍人十九名の命を救った、あの石森捨吉君でありますか」

「そうや。わしがその石森や」

捨吉はたちまち英雄扱いになり、漁船も曳航してくれて、艇長待遇になったうえ、相差までわざわざ船を送り届けてくれたのだという。

「こんな心配は、もう二度といやや。なああんた、大きな船なら焼玉エンジンも二機ついて安心や。早う造ろ」


[五]

七ケ月後に石巻の造船所で、夜サバ成金の捨吉の新造船が完成した。

捨吉は、信用組合で用意させた拾円札を大型トランクに積め込むと、若い衆三人を従えて出発した。

お万が相差の捨吉の家にころがり込んだ頃と違って、捨吉のサバ成金は村中に知れわたっている。金払いのいい捨吉の若い衆に雇ってもらおうと、村中のお万に対する愛想はいい。捨吉は帰りの廻航船員として、宗吉と二人の若い衆を同行したのである。

大正三年に勃発した第一次世界大戦のおかげで、仙台も戦争景気にわいていた。

花柳界には、石炭でボロ儲けした炭坑成金とクズ鉄成金が、札束をばらまいて芸者を総揚げして、乱痴気騒ぎをくりひろげていた。

「わしらも今晩は、派手に芸者遊びやで」

町の活気に酔った捨吉は、炭坑成金どもに負けてならぬと、トランクの札束を見せびらかして料亭に上がった。

大戦景気にわく仙台の花柳界は、灯ともし頃になると、気のきいた芸者は総揚げされていた。年増芸者を横においた捨吉は、口惜しまぎれの杯をあおった。

「明日は朝から、若い芸者を買いきって、やつらに負けずに酒盛りじゃ」

翌日、一奴という色白の若い芸者が、捨吉の目にとまった。唇の下に大きな黒子があり、

やわらかく吸いつきそうな肌が気に入った。

そのまま捨吉は五日間居続けた。朝起きると一奴を抱き、昼風呂に入ってから酒を飲み、

酒に飽きると一奴を抱いた。

「しばらく進水式は中止や。お前らは相差に帰って、お万にそう伝えよ」

三人は仙台まで物見遊山ができ、捨吉のお供で芸者買いもでき、喜んで相差に帰っていった。


「なんやて。若い芸者に入れ揚げて、居続けしとるんやと」

お万がきつい目をつり上げた。だが若い衆の手前、悋気は見せられない。

「まあええやろ。十日もすれば、女遊びにも飽きて、詫びの電報でも入れてくる」

二十日過ぎても、捨吉から何の音沙汰もない。一ト月を過ぎると、さすがのお万もいらだってきた。

お万は石巻の造船所に電報を打って、捨吉の行状を調べさせた。

芸者遊びに飽きた捨吉は、町で見染めた三十歳のおゆきという素人の出戻り女と、一軒家を借りて乳繰り合っているという。

「あのほうくり〈放埓〉者めが」

月のものと重なったお万は、漁船に飛び乗ると、鳥羽へ舳先を向けた。

上陸するやお万は、郵便局に駆け込んだ。

「すぐ至急電報打ってえや」

お万は怒りに震える手で、電文をしたためた。

《オマンシンダ スグカエレ 》

電報を受け取った捨吉は、さすがに驚いた。

だが捨吉は、すぐ別の考えにいき当った。

〈お万が死んだのなら、このおゆきを後妻にして、連れて帰るとするか〉

おゆきもお万に似て、小柄だが小肥りで、丈夫そうである。

有り金をすべて使いはたした捨吉は、新造船を受け取るために、もう一度稼ぐ必要があった。

鳥羽駅に降り立った捨吉とおゆきは人力車に乗った。

相差に着くと、幼なじみの卯助が網を繕ろっていた。

「おう卯助。お万の葬式は、まだ済んじゃいねえやろ」

「なんやて。お万の葬式とはどういうことや」

卯助はいぶかしそうな目で二人を見た。

「お万はお前の帰りを待って、さっきもここを歩いとったで」

「なんやと」

捨吉は偽電報にだまされたことを知った。

肚をくくった捨吉は、おゆきを連れて家に入った。

驚愕の目で二人を見たお万は、

「女郎買いで銭使いはたしたうえに、こんなげさくな(下卑た)女を連れ込んで」

取り乱したお万が、殴りかかろうとした。

「待てお万」

捨吉は軽くなったトランクでお万を押しとどめると、

「お前こそ死んだ亡者やろうが。わしゃ死んだ者なんぞに、怒鳴られる覚えはねえぞ」

「そげなあんごし(無考え)なことぬかして」

お万はトランクに体当りしたが、急に馬鹿々々しくなって座り込んだ。

それでもおゆきを盻みすえると、

「仙台からここまで来てしまったものは仕方がねえ。とりあえず今晩だけ泊まって、明日になったらとっとと帰ることや」


おゆきも捨吉が惚れ込んだだけに並みの女ではない。すぐ女同士で気がうちとけて、三人は一つ屋根の下で共同生活をはじめた。

おゆきは奇妙なところのある女だった。観劇が好きな上に小説も読む。一人でときおり名古屋へ汽車で出掛けて、その種の気晴らしをしてくることがあった。

「ねえあんだ。あの島村抱月が、お染風邪で死んだったっちゃ」

志摩で聞く仙台弁は奇妙に聞こえる。

「島村なんとかて、そりゃ何や」

小さく笑ったおゆきは、それ以上説明せず、愛人の松井須磨子が、お染風邪で死んだ抱月の後を追って、自殺したといった。

お染風邪は、大正七年にスペインで発生した悪性の流行性感冒で、たちまち全世界に広がった。

日本は十一月から全国的に大流行の兆しをみせ、大量の重病患者が発生して、十二月には十一万二千人が死亡した。

さらに広がる兆しをみせつつあるこの流行性感冒は、日本では「お染風邪」と呼ばれた。

お染歌舞伎「新版歌祭文」にでてくる、油屋の一人娘のお染が、奉公人の久松と、道ならぬ恋に落ちて、二人は仲を引き裂かれて心中する。

そこで誰かが二人のことを思いつき、

《ここに久松はおらぬ。どうぞ風邪のお染さん、他所へ行って下さらぬか》

という風邪除けのまじないをしたことにはじまる。

「なんや風邪か」

体に自信のある捨吉は気にもとめなかったが、その三日後にスペイン風邪にかかり、四十度の高熱と鼻血が出て、それから二日後にあっけなく死んだ。

つぎつぎと村民も風邪に倒れた。相差でも八人が死に、捨吉の看病をしたおゆきもころりと死んだ。

お万は呆っ気にとられた。憎さ可愛さは別として、同じ一つ屋根の下に住んでいた二人が、呆っ気なくスペイン風邪で死んだのである。

お万は海女として海に潜ってきた体力のおかげか、咳一つ出なかった。

心の中に穴のあいたお万は、二人の葬式をどうにか終えて、魂を抜かれた女のように、上り框に腰をおろしていた。

〈……あんた。なんで死んでしまったんや〉

捨吉との思い出が、頭の中に走馬燈のように、つぎつぎと浮かんでは消えていく。

捨吉と出会ったのは、大時化の海に裸で飛びこみ、艇底にいる十九人を助けたときだ。

そのあとお万は、若い仮死状態の水兵を裸で温めて、その若い命を救った。

あのときの氷のような感触が、いま生々しく体によみがえってくる。

いきなり玄関の扉が開いた。

「石森捨吉様とお万様のお宅は、こちらでありますか」

逆光の中に男が立っていた。

「だれやあんた……」

海兵の服に身をつつんだ青年はお万に挙礼した。

「四年前の転覆事故のとき、お二人に命を助けられました、田中光雄であります」

お万はまじまじと光雄を見た。あのとき十八歳だった細い体は、三年の海軍生活で鍛えられ、凛々しい海兵服の下で、筋肉がはちきれそうに躍動している。海軍帽子の下にある光雄の顔は、浅黒く精悍であった。

お万はとっさに捨吉の再来を見てとった。

〈これでまた、サバ漁に精出して、船を買うんや……〉

お万はあわてて心の中で打ち消した。

〈いかん、いかん。サバ漁で大金を持たせると、男はすぐほらくりをやらかすな〉

お万は胸いっぱいに大きく息を吸い込むと、

「ピュ―」

と海女がやる呼吸で、磯笛を鳴らした。

「わたしが海女になって養ってやる。それがええ、それがええ」

お万は戸惑う光雄の手を握ると、隣村の国崎のおなみの所へ、手を引いて駆け出した。

沖から吹く海風が、お万の長い黒髪を、艶やかに吹き流した。

 

[完]

実業之日本社 「週刊小説」 掲載

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